学会誌

2020年度公益事業学会賞

『日本の道路政策―経済学と政治学からの分析―』
太田和博(東京大学出版会、2020年刊)

本書は、わが国の道路政策について経済学(交通経済学と厚生経済学)と政治学(公共選択論)の視点から分析を行ったものである。本書全体を通じて著者が伝えようとしている最も重要なメッセージは,「政策対象の大衆化が合理的な政策決定及びその遂行の障害になる」ということである。

本書は,9章・3部で構成されている。第T部「高速道路政策」では,日本道路公団民営化までの「高速道路の整備計画」と「高速道路の料金政策」が検討されている。第U部「一般道路政策」では,道路特定財源が一般財源化されるまでの「一般道路の整備計画」と「自動車関係諸税と道路特定財源制度」の特徴と問題点が明らかにされている。以上の検討を踏まえた上で,第V部「2000年代以降の道路政策の変遷」では,「日本道路公団の民営化」と「道路特定財源の一般財源化」の経緯と帰結が分析されている。

本書の第1の特徴は,膨大な資料の丹念な渉猟を通じて,わが国の道路政策の変遷過程を的確に整理・分析していることである。道路関係の審議会委員を長年務めてきた著者の経歴によるところも大きいと思われる。第2の特徴は,標準的なモデル分析や計量経済学的分析に依らず,経済学と政治学に依拠した事例分析的な考察を行っていることである。この点については評価が分かれるところであろうが,著者は事例分析的な考察を意識的に行うことで,標準的な分析では見過ごしてしまいがちな道路政策の本質問題を析出することに成功している。よって本書は,学会賞授賞に相応しい業績であると判断した。


2020年度公益事業奨励賞(著書部門)

『交通インフラの運営と地域政策』
西藤真一(成山堂書店、2020年刊)

本書は,鉄道と空港(一部道路)を中心とした交通インフラの制度・政策・運営・財源などについて、事業や運営主体の視点から考察し、課題や問題点などを提起しつつ、これからの交通インフラの維持・管理に向けてのあり方、さらには地域社会での対応策などについて詳論したものである。

本書は,11章・3部で構成されている。第1部「民間運営の期待と課題」では,「民間活用の政策潮流と制度設計の課題」、「イギリスの鉄道改革の失敗と再編」、「わが国における空港改革の進展」が,本書の導入的テーマとして検討されている。第2部「多様化するインフラ事業の担い手」では、「空港の民間運営と出資者の姿勢」と「イギリスの鉄道改革と出資者の多様化」を素材として,インフラ事業の新しい動向が紹介されている。第3部「政府関与と民間資金の活用」では,「公共所有のもとで進めるアメリカの道路インフラ整備」、「アメリカのレベニュー債に対する市場の評価」、「イギリスのPPP事業の政策変更と市場の評価」をテーマとして,海外の取組みの紹介・分析がなされている。第4部「サービス維持と地域政策」では、「イギリスの小規模地方空港の運営」、「わが国の地方空港の運営と地域」、「イギリスの地域交通にみる自治体の役割」の検討を通して地域政策としての交通問題が論じられている。

本書の最大の学術的貢献は,競争導入のもとで交通インフラの持続可能な運営をどのように図るかといった難問に真正面から取り組み,今後の交通政策を展望する上で参考になる多くの経験的知見を提供している点にある。この点は,著者の研究者としての今後のさらなる活躍の可能性を示唆している。しかし他方で,先行研究のレビューが必ずしも十分に行われていないこと,検討対象が空港に偏り他の交通事業への言及が手薄であることといった問題点も,本書には散見される。しかし,そうした問題点は著者の今後の研究課題をなすものであり,本書の学術的価値を損なうものではない。以上により,本書は,奨励賞(著書部門)授賞に相応しい業績であると判断した。


2020年度公益事業奨励賞(論文部門)

『知識移転システムの知識データベースと知識探求・提供行動に関する分析』
西村文亨(「公益事業研究」第71巻第1号,2019年9月刊)

本論文は,九州電力配電部門の知識移転システムに蓄積された知識データベースおよび当該システム利用者への質問票調査結果を分析し,標準化された知識以外の知識の類型化を行うとともに,知識探求行動および知識提供行動に影響を与える組織的要因を抽出したものである。著者は本論文での分析・検討を通して,標準化された知識以外の知識のうち現業を行ううえで応用技術知識の必要性が高いこと,知識探求行動や知識提供行動に非連続異動経験,個人特性および所属組織(職場)特性が正の影響を与えることを明らかにしている。

著者が本論文で採用している研究のプロトコルは明瞭であり,統計解析を中心とした研究手法は手堅い。その意味で研究の完成度は極めて高いと評価できる。ただし,本研究で得られた経験的知見が企業の経営活動にどのような理論的・政策的含意を有するかについては,必ずしも明快な言及がない。そのような言及がなされていれば,本研究の完成度はさらに高いものとなっていたであろう。とはいえ,本論文で示された著者の研究者としての潜在能力には,非常に大きいものがある。よって,本論文は,奨励賞(論文部門)授賞に相応しい業績であると判断した。

公益事業学会賞規定

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